幻のエレクトリック・ギター

昔から大手ギター・メーカーは、様々なスタイルのギターを幅広く生産している。
エレキギター・メーカーとして知られるギブソンやフェンダーも、いくつものアコースティック・ギターを生産し、市場のニーズに上手く対応している。
しかし、マーティンのエレキギターというのは見たことが無い。
「マーティンはこれまでにエレキギターを生産していないのか?」というと、そうではない。
1950年代末からいくつものエレクトリック・ギターやエレクトリック・ベースを開発している。
ならば、中古市場でも少しはそれらを見かけそうなものだが、これがまず目にすることは無い。
何故か? まったく売れなかったのである。

 1950年代後半、アメリカは戦後の好景気に恵まれ音楽シーンも華やかな賑わいを見せていた。
ヒットチャートの中には、ロカビリーなどエレキギターを使用した刺激的で新しい音楽が増えてきた。
1950年に登場したフェンダー・ブロードキャスター や52年のギブソン・レスポール・モデル、54年に登場したストラトキャスターといったエレキギターは、新たな時代を担うモデルに相応しいクールなサウンドと機能性を備え、またグレッチやリッケンバッカーといった競合他社からも次々にエレキギターが登場し、ギター・シーンは戦国時代に突入していった。

 50年代におけるマーティン社は、どのギター・メーカーも比較にならないほど高い完成度の製品を生産し、プロギタリストから厚い信頼を寄せられていた。
しかし、それはあくまでアコースティック・ギターのことで、新たに誕生したエレキギターに関しては、専門外だった。
マーティンでは30年代のエレクトリック・ラップ・スティールやフルアコにピックアップを取り付けたにわかエレクトリック・ギターの時代から、それらの可能性を静観してきた。
しかし、変わりゆく50年代後半の音楽シーンの中で、これ以上エレキギターを無視することができないと判断。
マーティンもエレキギター・シーンに参入することを決めた。

スタウファーを彷彿とさせるソリッド・モデル、EM-18。1981年製。

 その第1弾として、1959年にD-18EとD-28E、00-18Eが登場した。
それまでの人気定番モデルD-18とD-28に2つのディアルモンド・ピックアップ、2トーン/1ボリューム、3ウェイ・PU・セレクターを追加したモデルが完成した。
ピックアップを取り付けるためにピックガードが大胆にカットされ、ラジオのツマミを彷彿とさせる白く大きなコントローラーや唐突にセットされたセレクターなど、まるで改造したエレアコとしか思えないほど乱暴なデザインは、正しく衝撃的。
とにかく一刻も早くエレクトリック・モデルを市場に導入したかったのか、デザインを見つめ直している余裕はなかったようだ。
そのためか、当時のギタリストからは総スカンを食らい、エレクトリック・ギターに関しては天下のマーティンも思ったように事が運ばなかった。

改造されたマーティンとしか思えない、D-18EとD-28Eのデザイン。

 しかし皮肉なことに、時代が代わり90年代初頭にカート・コバーンがMTVの「アンプラグド」でD-18Eを使用し、ロック・ギタリストが憧れるビザール・ギターとして再評価された。
さらにカートの愛用したD-18Eは、近年オークションで6億4000万円で落札され、世界で最も高価なギターとなり、世界中のギター・ファンがひっくり返りそうになったことは記憶に新しい。

 話を戻すと、1961年にF-50、F-55、F65といった新たなエレクトリック・モデルが開発された。
ボディは緩やかなアーチトップ、フラットバックのシンライン・ホロー構造で、ES-335のようにセンターブロックは入っておらずセミアコではない。
グレッチやギルドと同じようにディアルモンドのダイナミック・ピックアップを搭載した仕様で、伝統的なマーティン・ヘッドにブランドのプライドが感じられる。
1961年から65年まで5年間生産されたが、シーンへの影響はほぼ見られなかった。

どことなくグレッチを彷彿とさせるGTシリーズも残念だった。

 続いて65年に登場したのがGT-70、GT-75、GT-75R。このGTシリーズ最大の特徴は、角が鋭角に尖った斬新なヘッドストックとラウンドバックのシンボディ。
そしてビグスビーのトレモロ付きやダブルカッタウェイ仕様、GT-75-12という12弦モデルも数本製作された。
マーティンとしてはかなりロック・シーンを意識した思い切ったデザインだったが、これもロック・ギタリストの心にはまったく響かず、使用するプレイヤーはほとんどいなかった。

1979年に登場したEM-18。80年代のロックシーンの中で苦戦を強いられた。

 そして時代は70年代末、ようやくソリッド・ボディを採用したモデル、E-18とEM-18、そしてEB-18というそのベース・バージョンが登場した。スタウファーをイメージさせるヘッドストックには「CFM」の大きなロゴ、9ピースのメイプル&ウォルナット・ボディ、当時人気があったディマジオ・ピックアップを搭載。
EM-18はフェイズのミニスイッチも搭載した機能的な仕様で、マーティンが考えるモダンなデザインを詰め込んだ次世代モデルだった。
しかし、これもロック・ギタリストにはまったくと言えるほどアピールできず、また昔からのマーティン・ファンにもそっぽを向かれ、悲しい結末となった。
ちなみにこのモデルの開発チームを率いたのはあのディック・ボークだっかが、ハードロック旋風が吹き荒れる音楽シーンの中で愛用者はほとんど現れず、マーティンはエレキギター・シーンから完全撤退せざるを得なかった。