4本弦テナー・ギターとプレクトラム・ギター

「テナー・ウクレレ」という大型のウクレレは、近年かなり市民権を得ており日本でも珍しい存在ではなくなってきた。
しかし「テナー・ギター」を知っている人はあまりいない。
「テナー」とは「高い音域」を示す言葉で、テノール歌手やテナー・サックスなどでも使われている。
では、テナー・ギターは高い音域を専門に受け持つ小型ギターのことかというと、そうではない。
簡単に言うと「低音域の弦を持たない4弦ギター」のこと。
マーティンでは、1920年代から60年代にかけて数多くのテナー・ギターが生産され、トータルで20近いモデルが存在した。
マーティンにおけるテナー・ギターの誕生は1920年代だが、それはデキシーランド・ジャズなどで使用されるテナー・バンジョーと大いに関係がある。

1930年代〜50年代に掛けて、数多くのテナー・ギターが生産された。

 1920年代アメリカのバンド・アンサンブルでは、4弦のテナー・バンジョーがリズム楽器として大きな役割を果たしていた(カントリー・ミュージックやブルーグラスなどで使用されるのは5バンジョー)。
ところが20年代後半になると、それまでのバンジョーに代わってギターが注目されるようになり、バンジョーのポジションはよりモダンな楽器のギターへと徐々に置き換えられて行った。
するとバンジョー・プレイヤー達は仕事が無くなるため、なんとかバンドの中で自分のポジションを確保しようとするが、テナー・バンジョーからギターへの持ち替えはそう簡単ではない。
なぜなら、4弦バンジョーはマンドリンやヴァイオリンと同じ5度チューニングだが、ギターやウクレレは4度チューニングである。
これは、単に弦が2本多いだけではなく音の並びがまったく異なるため、それまでマスターしたコードワークがまったく使えない。
そこでバンジョー・プレイヤーの中には、メーカーに4弦ギターを特注し、バンジョーのチューニングをそのままに、にわかギタリストとして活動を続けるプレイヤーが登場した。
そんな時代背景をバックに、1927年に小型モデルの5-18をベースにしたマーティン初のテナー・ギター、5-18Tが誕生した。

1929年(左)と1936年(右)のマーティン・カタログより。

 テナー・ギターはバンジョー・プレイヤーの間でたちまち人気となり、5-18Tに続いて、5-21T、2-17T、2-18T、2-28T、2-45T、1-18T、0-17T、0-18T、0-21T、0-28T、00-18T、00-21T、00-28T、000-18Tといったテナー・ギターが相次いで登場した。
テナー・ギターは主に60年代まで生産されたが、その後もオーダーがあれば製作するという時代が長く続いた。
それらの製品は、バンジョー・プレイヤーが扱いやすいように、チューナー・ボタンが後ろに飛び出るストレート/バンジョー・チューナーが使用された。
戦前に生産されたテナー・ギターは思いのほか多く、0-18を例に挙げると製品の2割弱はテナー・バージョンだった。

50年代末になってもテナーは生産された。写真は1959年に製作された0-18T。

 テナー・ギターによく似た楽器でやはり4弦のプレクトラム・ギターもほぼ同じ時代に誕生した。
これはテナー・バンジョーと同じような外観だが、スケールとチューニングの異なるプレクトラム・バンジョー・プレイヤーのために製作された4弦ギターだった。

 テナー・ギターは、マーティンだけではなく当時バンジョーを積極的に生産していたギブソンからも登場し、かつてはいくつものテナー・モデルが存在した。
カスタムオーダーではあるが、レスポール・ジュニアやアーチトップのテナー・バージョンなども極少数製作された。

アーチトップのテナーも少数製作された。1932年に生産されたC1T。

 60年代以降も、マーティンではカスタムオーダーとしてテナー・ギターが製作され、1969年に0-18T-8という8弦(複弦4コース)のテナー・ギターがカスタムとして製作された。
また、1950年代後半から60年代に人気を博したフォークソング・グループ、キングストン・トリオのニック・レイノルズもテナー・ギターをトレードマークとして愛用し、1997年にマーティン・カスタムから彼のシグネチャー・モデル、カスタム0-18Tが発売されて話題となった。

 現在はまったくと言えるほど、テナー・ギターを目にすることは無い。しかしかつては、この4弦ギターが多くのバンジョー・プレイヤー達を救ったことは間違いない。