トニー・ゼマイティスと12弦ギター

 12弦ギター特集の「第3弾」は、英国のロック・シーンから生まれたゼマイティスの12弦アコースティック・ギターを採り上げてみたい。

 世界的に知られる個人ギター製作家の中で、12弦ギターを最も早くから製作したルシアーの一人に、トニー・ゼマイティスがいる。

 トニーは、1955年から独学でアコースティック・ギターを製作するようになったが、その長いキャリアの早い段階から12弦ギターを何本も製作した。

 エリック・クラプトンがかつて愛用した超大型12弦アコースティック「イヴァン・ザ・テリブル」をトニーが製作したのは1969年のこと。
このギターは2004年に自身の「クロスロード・ギター・オークション」に出品され、ブラッキーと共に高額で落札されたことが当時ギター・ファンの間で大きな話題となった。

 しかしその12弦ゼマイティスは、実はイヴァン・ザ・テリブルの2号機で、1号機はその数年前に製作されていた(1号機はクラプトンが壁に叩き付けて破損したが、2号機はその1号機のネックを再利用して1969年に製作された。1号機はほとんどライブでも使用されておらず、このギターに関する情報は極めて少ない)。

 さらに驚くことに、クラプトンはトニー・ゼマイティスに会う前に、トニーが製作した初期の12弦アコースティックを見つけてすでに所有していた。
その12弦ゼマイティスは、50年代後半(もしくは60年代初頭)に製作されたものと考えられる。

 クラプトンはトニーに12弦ギターの製作を依頼する何年か前に、トニー本人が自分で製作した12弦を手にライブパフォーマンスを行っていたのを偶然に観たことがあり、当時珍しかった12弦ギターに憧れを抱いたようだ。

 トニー・ゼマイティスは、1950年代後半からいくつもの12弦ギターを製作しており、ロンドン周辺のミュージシャンの間では「12弦ギターを製作するルシアー」として知られる存在だった。
70年代、80年代に製作されたアコースティックの中にも12弦仕様が多いのは、トニー自身が12弦ギターを好んでいたことと、当初12弦モデルはかなり珍しい存在で、トニーはその先駆者だったことが関係しているようだ。

 写真は、エリック・クラプトンが最初に入手したとされるトニー・ゼマイティスの12弦ギター。
後のゼマイティス・アコースティックとはかなりデザインが異なるが、50年代後半からすでに12弦ギターを製作していたという事実に驚かされる。

 以前のコラムで12弦アコースティックの歴史を紹介した。
12弦ギターはステラを始め幾つかのブランドが戦前から生産していたが、それらは一部の黒人ブルース・ギタリストに使用されてはいたものの、一般的なモデルとしては普及していなかった。

 戦後ピート・シーガーなどのモダンフォーク系のシンガーが12弦ギターを愛用するようになったのは、60年代初頭のこと。
50年代後半、しかも英国で12弦ギターを製作していた個人ルシアーは、トニー・ゼマイティス以外ほとんどいなかったと考えられる。

 エリック・クラプトンは、そんな60年代にゼマイティスに魅せられ、12弦ギターを購入し、さらにイヴァン・ザ・テリブルを2度に亘ってオーダーしたのである。

 ジミ・ヘンドリックスがゼマイティスの12弦アコースティックを演奏したシーンが収められたドキュメンタリー映画『(フィルム・アバウト)ジミ・ヘンドリックス』(1973年公開)を観たことがあるだろうか。
ジミはこの作品の中で、マネージャーが用意したとされるトニー・ゼマイティスの12弦アコースティックを使用し、見事なソロギターを披露している。

 ジミが使用したゼマイティスの12弦は1960年製だが、そのギターが製作された時点では、まだギブソンもマーティン(1932年にオーダーメイドで数本製作している)もギルドもリッケンバッカーもグレッチも、12弦ギターを製作していなかった。

 しかし、1960年代後半にジミがあの映像を収録した時点では、各社から12弦ギターが出揃っており、12弦は珍しい存在ではなかった。
それにもかかわらず、ジミは弾き慣れていないゼマイティスの12弦を使用したという事実は、大変に興味深い。
またそれは、エリック・クラプトンが拘ったゼマイティスの12弦アコースティック、イヴァン・ザ・テリブルにも同じことが言える。

 現在トニー・ゼマイティスが製作した希少な12弦アコースティックを体感することは、かなり難しい。
何本かのオリジナル12弦ゼマイティスを所有するオーナーの話しでは「12弦のゼマイティス・アコースティックは太く男性的なサウンドで、他のブランドの12弦モデルでは味わえない独特なキャラクターだ」という。

 エリック・クラプトンやジミ・ヘンドリックスも、そんなゼマイティスの12弦サウンドに魅せられたのではないだろうか。

Special Thanks to Zemaitis Family、Player Mag.