[ 1975 FENDER Electric Piano / Piano Bass ]
 前回紹介した、1975年に日本で制作されたフェンダー・カタログの後半に、「エレクトリック・ピアノ」と「ピアノ・ベース」という鍵盤楽器が掲載されている。
今回は60年代初頭に発売された、フェンダーのエレクトリック・ピアノとピアノ・ベースに関して紹介しよう。

 60年代~70年代の音楽に明るい方であれば、「フェンダー・ローズ」と呼ばれる鍵盤楽器をご存知だろう。
透明感のあるクリスタル・トーンと浮遊感のある独特なサウンドは、ピアノというよりビブラフォンに近く、60年代以降のジャズやフュージョン、ソウル、ロック、ポップスなどあらゆるジャンルで使用され、エレクトリック・ピアノの代表的なサウンドのひとつとして知られている。

 ピアノ・ベースも以前は多くの作品で使用されており、イーグルスの大ヒット曲「言い出せなくて」のイントロは印象的だ。
またレッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズもステージでキーボードと一緒にフェンダー・ペダル・ベースやピアノ・ベースを使用していた。

 ピアノという名称ではあるが、弦をハンマーで叩くのではなく、非対称のH型音叉をハンマーで叩くことで、独自なサウンドを作り出している。
この楽器の歴史は思いのほか古く、1942年代にハロルド・ローズによって開発されたアーミー・エアー・コープ・ピアノがルーツになっている。
このピアノは、戦争の前線兵士たちを慰安することを目的に開発されたもので、携帯が可能な32鍵のコンパクトなものだった。
その後フェンダー社との共同開発が行われ、1960年に誕生したのがフェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノで、それと同じ構造の低音パート用32鍵バージョンがピアノ・ベースである。

 1960年にフェンダー・ローズ・ブランドで登場し、73年にローズは独立したブランドとなり、ローズ・エレクトリック・ピアノに変更されたが、70年代の販売はその後もフェンダーが行った。
ローズ・ピアノにはいくつかのモデルがあるが、1969年に登場した人気モデルがマークⅠで、それ以降マークⅡ(79年)、マークⅢEK-10(80年)、マークⅤ(84年)、マークⅦ(07年)と新たなモデルが次々に登場した。
また83年には、シンセサイザー・メーカーのARPと共同開発したローズ・エレクトリック・ピアノ・モデル 3363、更に80年代後半には、ローランドと共同開発をしたローランド・ローズ・MK-60、MK-80なども発売され、これまでに様々なタイプの製品が登場した。

 「兵士の心を癒す」ことを目的として開発が始まったローズ・ピアノ。
そのクリスタルなトーンと豊かなヴァイブレーションは、誕生から80年近く経過した今日でも多くの人々の心を魅了する。
80年代以降は、デジタル・シンセサイザーの登場によってあらゆる楽器のサウンドが手軽に再現できる時代になったが、いまだにアナログのオリジナル・サウンドに拘るプレイヤーは少なくない。
アナログ楽器の豊かなサウンドは、便利さや手軽さにも代え難い魅力があるのかもしれない。